小説作法の基本とは?
前回の記事では、小説を書く上で気を付けておくべき「基本作法と校正ルールの一覧」をご紹介させていただきました。
▼基本ルールの一覧は、こちら!
しかし、小説を書いていると、ルールをあえて無視した表現を使ってみたくなることも、今後出てくるかと思います。
小説家というのは、そういったルールに対して今後どのように向き合っていくべきなのでしょうか?
これを考えるヒントになるであろう基本的な作法を、書き残しておくことにしたいと思います。
「作法を守る人」と「作法を作る人」がいる
ルールや作法、掟、規則性といったものは、ほとんどが時代に対して後づけされていくものだということは、意識しておくと方針を立てやすくなるでしょう。
成功者をみていると、ルールができる前に商売を始めているケースや、型破りなケースに多いと思いませんか?
これは作法を守る人と、作法を作る人がいるからだと思うんです。
ここで、一つ例えを挙げてみることにしましょうか。
例えば、小説家になろうでヒットしたいなら「タイトルを長くすればいいのではないか?」という議論があります。
そして、作法的に言えばタイトルは元来長過ぎるものを良しとはしていませんでした。
でも、よくよく考えてみてほしいのです。私たちは普段、本を買うときタイトルが60文字だとか、30文字だとか意識して本を買っていますでしょうか?
こういうとき、作法を作る人は「なぜ、いまタイトルを長くすれば売れるのか」を調査していたのでしょう。
そして、小説家になろうの検索に引っ掛かりやすい「キーワードがたくさん入れられるから」長いタイトルが良いのか!と気づいたわけですね。
それさえわかれば、ただ長いだけではなく検索にヒットしそうなキーワードをいくつも含ませておく必要があることにも気づくことが出来ます。
さらに、最近ではライトノベルをはじめとして小説家になろうにあるような作品にも、長いタイトルは増えてきましたよね。
マーケティングによる統計データによっては、〇〇文字のタイトルが売れやすいという研究結果もあるようです。
ただ、数学を大学院まで研究していた身として、特に統計学を専攻していたものとして、一つお伝えしたいことは、統計学は決して万能薬でもなんでも無いということです。
そもそも、時代によって趣味嗜好は変化します。統計データというのは、過去のデータを分析した結果であり、今後を保証するものではありません。
「タイトルは、長い方が良い」と大衆が考えたとすれば、タイトルの長い作品は当然のように増えていきますよね?
すると、今度は長いタイトルの作品が続々と出てくるわけで、その中に埋もれていくことになります。
結果として、長いタイトルが理由で、売れなくなってしまうことだって考えられるわけなんですよ。
このように、市場は常に動き続けている生き物のようなものだと思った方が良いでしょう。
このような一時的な戦略に頼っていると、ルールや規則性が変化する度にPV数もランキングも激しく乱高下するので、精神的にもよくありません。
読者のことをきちんと考えて、作法を守る側ではなく作法を作る側にまわることができれば、精神的負担もかなり減らすことができるのです。
これは作法に限ったことではありません。テクニックについても同様です。
例えば、心理学的見地からタイトル付けをすれば、売れ行きが良くなることもあると思います。タイトルを疑問系にしたり、助詞止めをしてみるといった工夫たちですね。
新聞の見出しでもみてみると良いでしょう。ほとんど「『国際会議』幕開けへ」といった助詞で文が切れているようなタイトル付けがなされていることがわかります。
こういったテクニックを知ること自体は素晴らしい取り組みですし、実際に効果的なものもいくつかあると思うのですが、そこまでできたのなら、あと一足ほしいところです!
残念ながら、タイトル効果による増収というのもまた、一過性のものにすぎないのです。
自分が読者の立場で考えたら、当たり前のことなんですよね。タイトルだけ惹き付けさせて、中身が拙いものであれば、読者はがっかりします。
次も同じ作者の作品を読みたいかどうかを決めるのは、作品の「良し悪しそのもの」なのです。
タイトルも大切ですが、こうやって読者のニーズや、本質を見極めていくようになれば、もっとワンランク上の活躍ができるようになるでしょう。
それに、物書きとして食べていくのだとすれば、継続して読んでくれるファンを自分なりに大切にした方が圧倒的に続くと思いますよ!
小手先のテクニックで踊らされるよりも、中身を充実したものにしてもらった方が、ファンにとっては嬉しいはずなんです。
次は「どうやって読者を驚かせてやろうか?」とか、「楽しんでもらおうか?」と、
自分自身も盛大に楽しみながら、読者とコミュニケーションをとって書いていけるようになると、さらに人生が豊かで愉快なものになると思います。
結局、小説作法は必ず守るべきか?
結論からいうと、新人賞などに応募する際は、応募のルールに則ると良いでしょう。それ以外であれば、自己の責任の範囲内で決めて良いと思います。
ただし、先述の通り作法とは頭ごなしに従うものではなく、使いこなすものです。
その作法が何故、存在しているのかを理解すると本質が見えてくるようになるでしょう。
もはや何番煎じかわかりませんが、三点リーダーが偶数個になっていないことに過剰反応する人がとんでもなく多いです(笑)
しかし、三点リーダーは何故偶数個セットで利用する必要があるのでしょうか?
その理由は、実はありません。
そもそも三点リーダーは、英語の記号名です。文部省教科書局の作成した「くぎり符号のつかひ方(句読法)」によると、テンテンという項目で三点リーダーらしきものが≪単体で≫定義されています。
その上、テンセンという項目では点を9つ打つのが原稿用紙のルールとされています。テンセンとテンテンは別物なので9つ打つのが正しいのですが、混同されがちです。
不快に感じる読者が一定数いるのだから、人の嫌がることはしない。そういうことなのではないでしょうか。
ちなみに、良識のある編集者は三点リーダーについてそこまで問い詰めるようなことはないらしいです。文章作法や小説におけるルールの本質は、読者に満足してもらうことにあります。
どちらかというと、基本的な作法やルールを勉強せずに小説を書いていること自体に嫌悪感を抱いている方が、槍玉にあげているのではないかという印象を受けました。
また、web小説やブログ記事において読みやすさを考えるのであれば、段落字下げや字詰めは読みにくさを生んでいると思います。
そもそも小説は原則縦書き主体でした。そんな、縦書きの作法を横書き前提であるweb小説において適用するのには少し疑問が残ります。
最近流行りのチャット小説においても、下矢印「↓」といった記号を従来の小説作法ではカバーできていないと思います。
無用にルールを破るのは良くないですが、読者がどうすれば読みやすいだろうか?と真摯に考えた結果なのであれば、だれに文句言われても胸を張るべきなのではないでしょうか。
そして、「読者がどうすれば読みやすいだろうか?」というポイントを映画『スタンド・バイ・ミー』で有名なスティーブン・キング氏が、生涯をかけて考え抜いて書きあげた
自叙伝『書くことについて』も大変参考になるでしょう。
▼文章の書き方だけでなく、いいものを書くための著者独自の魔法の技が詰められています。
あとは、自分の信じるようにやってみて周囲の反応を見つつあわせていけば、十分でしょう。
▼小説の書き方で困ったら!
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