作家の味方

小説家になるための総合情報サイト

 
小説家になるために必要な全ての知識が、いまここに!【Project Creator’s Ally】

天宮結衣のQ.E.D. ~幸せのクオリア~ – 第二十五章:野生の知恵

説明ページに戻る

 

第四十四節 カラスの亡骸

人工物でごった返している東京に住んでみると、意外なほどに街中でカラスを見かける。

 

カラスというと、黒い嘴を持っていて凶暴な害鳥というイメージが一般的だと思うが、カラスをよく見かけるようにしているのは、他の誰でもない人間であるということを知らない人は多い。

 

僕は結衣を大岩に託すと、駄菓子屋『ほうもつでん』で警察の追尾対策にマイカーと一日交換してもらっていたオンボロの車を持ち主へと返却するために操縦していた。必要以上にガタガタと車体が揺れている。

 

人間の生活圏には、カラスの天敵であるフクロウや鷹がほとんど居ない。故に、実は都会のほうがカラスにとっては理想的な環境といえるのだ。人間がカラスにとっての安住の地を作り出しているといってもいいだろう。

 

それであれば、人間にとって理想的な環境、幸せな環境というのは、どういうものなのだろうか。

 

「人間の最大の天敵は、蚊と人間だ」というレポートを大学で見たことがある。そこからすれば、滑稽な話だけれど大都市というのは、作り上げている張本人である人類にとって、理想的な環境からかけ離れた場所なのかもしれない。

 

電柱から飛び立つカラス二羽を横目に、フロントガラスに薄っすらと映っている自分を見つめる。街中では頻繁にカラスを見るというのに、カラスの死骸を見ることは稀だと思う。

 

ロマンチックな人なら、死ぬときは誰にも見られることがないように人知れず死ぬ道を選ぶのだと嘯く者もいるのだろうが、野生の鳥獣は非常に合理的な道を選んでいるだけに過ぎない。

 

自然界に生息している動物達というのは弱ったところを外敵から襲われないようにするためにその身を隠して、その後に果てているだけに過ぎないのだ。

 

でも、僕は違った。そんなロマンを創り出すことこそが、自分にできる彼女への最大の償いだと思っていたのだ。込み上げてきた咳を右手で必死に抑え込む。

 

僕の右手には、一ヶ月前に見た懐かしい体液が、赤黒くビッチリとこびり着いていた。

 

第四十五節 ハリネズミの歌姫

変な姿勢だったからだろうか、私は車に乗っている間に痛めていたらしい自分の首を少し擦ると、見慣れないアパートの白い天井を何気なく見つめていた。

 

ここはどこだろう。新さんの家、だとすれば警察が居てもおかしくないし、違うのだろうか。とはいえ、どう見てもひとり暮らしの学生が住んでいるような部屋に見えた。

 

部屋には、勉強机と大きな椅子、そしてトレーニング器具がちょこちょことあるのが確認できた。ただキッチンやお風呂を覗き見ても、やはり新さんの姿はなかった。

 

一つ発見があったとすれば、『ハリネズミのジレンマ』という懐かしいタイトルの絵本が置いてあったことくらいだろうか。こうしていても仕方ない、と私は一度けりを付けると、私は持っていた五線譜を見直すことにした。ページをめくる。

 

ダメだ。集中できない。ここ最近は、当たり前のように新さんとずっと一緒だったせいだろうか。やけに、不安な気持ちになってしまう。

 

ほとんど勢いで付き合うことになってしまったけれど、私は、どうすれば彼を幸せにしてあげることができるのだろうか。

 

私は持っていた五線譜が両手からすり抜けていることに気づくと、慌てて拾い上げてホコリを払った。『ハリネズミのジレンマ』か……。

 

私は、幼い頃に読み聞かせてもらった覚えのあるタイトルの絵本を手に取ると、表紙をゆっくりと捲ってみた。

 

「それは寒い夜のことでした。愛し合っていた二匹のハリネズミたちは、お互いの身体を暖めてあげようと、最愛の人を冷気から守ろうとしました。

 

でも、なかなか、うまくいきません。ハリネズミたちは、自分の身体を外敵から守るために生やしていたトゲに覆われていたのです。

 

ぬくもりを与えようと近くによると、自分を守るためのトゲで相手を傷つけてしまう。でも、近くに寄ってあげなければ、きっとお互いに寒さに凍えてしまいます。

 

ハリネズミたちは諦めませんでした。ハリネズミたちは、自分たちのトゲがお互いに当たらない距離感を探し続けました。

 

そして遂に、その距離感を見つけた彼女たちは、お互い寒さに凍えることも傷つけ合うこともなく。

 

幸せな冬を過ごしましたとさ」

 

私が新さんを幸せにしたいと考えて、あれこれしたとしても彼が喜んでくれるかどうかはわからない。逆に、彼が私を幸せにしようとしてやったことだって、気づいてあげられないかもしれない。

 

それでも、私達はちょうど良い距離をお互いに探り合えば良いのだ。私はもうすぐ居なくなってしまうから時間をかけて近づくことはできないけれど、新さんとの忘れられない幸せな思い出と、彼へのお願いを綴って彼が距離を間違えないような未来を作ってあげたい。

 

彼が、未来永劫幸せになれますように。

 

窓の外が暗くなってきた頃、家の外からガチャガチャと音がしてきた。

 

新さんが帰ってきたのだろうか?それとも、警察に感づかれたのだろうか?私は期待と恐怖心が混ざりあったまま、上ずりになった声でその音を立てている主へと問いかけた。

 

「新……さん?」

 

扉が開く。そこに居たのは知らない人だった。身長はドアよりも高く、筋骨隆々と表現するのがもっともらしい熊のような大男だ。

 

「アラタ? アイツナラ、ニゲタヨ」

 

[第二十四章へ]  ≪ ー・ー ≫  [続きを読む]

 

[講座説明に戻る]

コメントを書き込む

*

CAPTCHA


本気で小説家を目指す方向け!



Return Top