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天宮結衣のQ.E.D. ~幸せのクオリア~ – 第二十三章:解決の兆し

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第四十節 快速前進

私は、眩しいくらい真っ白だった店内に、病院と似た居心地の悪さを覚えながらもボイスレコーダーの置いてある売り場へと辿り着いていた。

 

白物家電を売るのに、どうして売り場も白に統一してしまおうとするのだろうか。そんなどうでもいいことを疑問に思いながらも、私は棚にあるマジックペンで描かれていた、ポップを見つけた。

 

「これで、貴方も嫌なパワハラ上司にさよならしよう! か。売れ行きが伸びないことを祈りたくなるポップだな」

 

声の主である私の誘拐犯さんは、自分のこめかみを困惑したように掻いてみせていた。

 

彼は、私が作曲するに際してボイスレコーダーや五線譜くらいは必要だろうと、こうして私を郊外にある大きな電気屋まで連れてきてくれていたのだ。それにしても次は、どこへ向かうつもりなのだろう。

 

「次の目的地は内緒だよ。その方が、旅は楽しめるっていうからな」

 

彼はニッコリと、意地の悪そうな笑みを浮かべる。まぁ、楽しめるのならそれでいいや。彼となら、何処に居ても代わりはないのだから。

 

小さめのボイスレコーダーを手に取ると、私は初めて作曲したときのことを自然体で思い返していた。

 

人間は完全に理論に基づいて行動する生物ではないけれど、理論を作り出したのもまた人間であることを忘れてはいけないと思う。

 

作曲をしてみたいと考えた動機は、自分の「好み」を集めたオーダーメイドの楽曲を作ってみたら、果たしてどんなものが出来上がるのだろうと、単純にわくわくする疑問を抱いたからだった。

 

実際に作ってみると、周囲にいた優しい人達から、それはもう沢山褒めてもらえた。もっと聴きたい。次はこうしてみたら?音楽を使えば、普段伝えられないことや、言葉で説明しても伝わらないものを上手に伝えることができた。

 

同時に、出来ることが増えていく達成感も私にまとわりついてきた。熟練度が上がっているという感覚は、感覚という曖昧なものに収まったまま消え去るわけではなく、自分の作品という確かな形を持って残っていったことも、作曲を続ける大きな要因となってくれた。

 

それでも、幾度か曲がかけなくなったことがあった。次の曲を待ってくれていたファンも少人数ではあったけれど居てくれたし、作曲という作業も変わらず好きなままだった。自分史上で、なにか重大な事件が起こっていたわけでもなく、まさに「創りたいけど、創れない」状態になったのだ。

 

だからこそ、私は曲を創れなかった。だって、私が曲を作り始めた理由は、ファンが居たことでも、作曲という作業が好きだったからでも、自分史を揺るがす程の感動に遭遇したからでもなかったのだから。

 

私は、自分の作品を誰よりも楽しみにしていた。そして、気になっていた疑問の答えは、とうの昔に明らかにされてしまっていた。曲を創る必要なんて最初から無かったのだ。

 

きっかけは、小さな疑問でしかなかったのにもかかわらず、理論的にわかりやすい理由を思い返そうとすると、「伝えたいことがあるから、楽曲を創るんだ」といった客観的な事実に基づく動機を勝手に捏造して、心地よく固執し、履き違えてしまうのが人間という生物なのだ。

 

振り返ってみると、この状況を打開するのはとても簡単なことだった。

 

私は、新さんの買ってくれたボイスレコーダーが入った袋を片手に、黒い車の助手席に乗り込んだ。曇りの無い晴天の下、八月三十一日を伝える蝉の声が夏の最期を奏でている。

 

私の全身は、窓から見える水色の特大キャンバスへ、壮大な疑問を投げかけていた。

 

どうしたら、彼を幸せにできるだろうか?

 

それを考えるのが、未だかつて無いほどに楽しかった。新しい疑問を見つけた私は、足元で唸るエンジン音と共に脳内をフル稼働させる。

 

人生最期の快速前進というやつだ。

 

第四十一節 容疑者確保

「東雲さん、こちらの道は既におさえてあります」

 

「了解した」

 

無線から流れる協力者の重低音に返事をすると、私は斜め前の車両へ向かってスピーカーのボタンを押し込んだ。全く、ランチ時くらいゆっくりさせて欲しいというものだ。

 

付近の逃げ道は、もう無い。サイレンのスイッチを前に倒すと、甲高い大きなサイレン音が耳を突き刺す。私は前を走行していた黒い車両へ目掛けて、続けざまに静止を促した。

 

「そこの黒い車! 止まりなさい!」

 

ナンバープレートの番号を付け加えて叫ぶ。車内に潜んでいる運転手の体がピクリと動いたように見えた。もはや逃げられまい。これで、終わりだ。

 

そう思ったのも束の間、私は何かがおかしいことに気づいた。人影も一つしか無いのだ。それに、運転しているのは詠井のはずだが、ハンドルを握っているのは右手だった。普通、ハンドルを握るのは利き手側と相場が決まっている。

 

事前に共有されていた捜査資料の中では、詠井新は左利きであることがわかっている。ただの偶然だろうか?もしそうだとしても、それなら天宮はどこにいる?

 

私は、心臓にドロっとしたものが落ちてくるような、正体のわからない悪寒に襲われた。歩道側に大人しく停車させた車の前方にパトカーを止めて、私が見た運転手の顔は……詠井新と天宮結衣の顔ではなかった。

 

「桜木敏子だな。なぜ、二人の携帯を所持している!」

 

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