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天宮結衣のQ.E.D. ~幸せのクオリア~ – 第二十一章:節度と言う名の手枷

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第三十六節 見えざる手錠

今朝の様子とはうって変わって、パトカーで目を覚ましていた私の知覚は、爽快な天気を捉えていた。

 

流石に入真巡査にだけ無理をさせ続けてしまうわけにはいかないだろうと、道中の河原木署に連絡を付けると新米の巡査が気持ちよく対応してくれた。

 

というわけで、入真巡査はというと、後部座席で運転している夢を見ているようだった。

 

「もう、運転できないでしゅ~」

 

これでは、交渉の甲斐があったのかなかったのかよくわからないではないか。

 

「玉木巡査、ガムテープないか? 後ろの雑音を黙らせたいのだけれど」

 

手に持っていた本のページを一枚ひらりと送りながら、私は運転している玉木巡査に目をくべる。

 

「ボンドならありますが……」

 

よし、それで行こう。

 

「いや、それ、確実に死にますって!」

 

長時間のドライブというのは、何気に久々かもしれない。つい数時間前に初めて挨拶をしたはずの玉木巡査ではあったが、私は彼の遣り取りの癖や、人となりを意外なほどに把握できていた。

 

案外、こういった逃げ場のない極限状態のほうが、職場の仲間と信頼関係を築くのには手っ取り早いのかもしれない。

 

どこかの銀行では、新人研修で自衛隊の体験をすると聞いたことがあるが、あれは本当なのだろうか。

 

断じて、当事者にはなりたくないものではあるが、効率だけを考えるのであれば、組織としては非常にフレキシブルで優秀な判断だといえそうだ。

 

実際、仕事をしていると自制心から自由に自分が出せなくなってしまうというのは、大いによくある話だ。

 

世の中では、ワークライフバランスなんて、言葉が一人歩きをしているけれど、働きやすい環境というのは物理的な問題だけではなく、このような心理的な側面もあることを忘れてはいけない。

 

とはいえ、心理的な側面というものは、絶対的な信仰心や慣習、法律といったものがなければ中々定着しないものであって、最終的には各自が乗り越えなければいけない壁に他ならないのだ。

 

第三十七節 新シイ朝二出ルモノ

早朝から溢れ出してきていた感情たちも落ち着きを取り戻して、結衣と僕はお互いに最高の人生を刻もうということを約束していた。ようやく、僕たちにも新しい朝が来たというわけだ。

 

「新さん、いいこと思いつきました! 私たちで都市伝説を創りませんか?」

 

「この旅館に?」と、僕はクエスチョンマークを投げかけると、迷うことなくYESを意味するのであろうピースサインを返してきた。結衣の人差し指と中指が、くっついては離れていく。

 

都市伝説か。面白そうだ。物書きとしての腕が鳴る。せっかくなら、この旅館が繁盛するようなのがいいなぁ。なんて気前の良いことを言ってみる。

 

「うん、うん!」

 

恋愛成就や開運といったものは、なにか都市伝説というよりは「げん担ぎ」のようなものだし、都市伝説とは趣が少しばかり異なっている気がしてならない。

 

とりあえず、パッと思いつく都市伝説を挙げてみよう。メリーさん、テケテケ、口裂け女。思ったよりもホラー要素が多いな。

 

そもそも都市伝説というのは必ず怖いものでなくてはいけないのだろうか。教訓じみたものも多いようだけれど、都市伝説というのは言い伝えなわけだし人に話したくなるものであれば及第点なのでは。

 

そうだなぁ。なかなか、やろうと思っても決意がつかないことの後押しができるようなものなんてどうだろう?

 

結衣は畳んだお布団の上に軽く飛び乗ってバネのように全身をぐらぐらとさせたかと思うと、こちらを振り返って目を輝かせてみせた。

 

「それは……名案ですね!」

 

思い立ったが吉日。筆を執ってみた僕は10行に満たないけれど、将来有望そうな都市伝説草案を天宮監督に提出したのである。

 

第三十八節 幸福論入門

車の中で、読み終えた本を閉じる。私は、天宮結衣を説得するための策を練ることに移動時間の大半を費やしていた。

 

余命宣告された人間に対して、詭弁や舌戦を持ちかけるというのは、ほとんど効力を持たないだろう。だとすれば、真摯に自分の意見をぶつけるのが最良の選択肢である気がしたのだ。

 

しかし、どうすれば彼女が、いや人間というものが幸せな最期を迎えることができるのかという問題に対して、私は立派とも言える意見や主張というものを持ちあわせることなく生きてきた。

 

だからこそ、長い時間こうして本にすがりつきながらも、必死に頭を悩ませていたのだ。

 

どうやら世界には、およそ三つの著名な『幸福論』というものが存在するらしい。幸福論というと、小難しいものを想像する人も多いかもしれないが、実際はそんなに難しいものではなかった。

 

むしろ、「幸福」という題材は万人に共通し得る目的であるからして共感できる点も非常に多かった。

 

その中でも、興味深かったのは、フランスの哲学者:エミール=オーギュスト・シャルティエの幸福論だ。

 

彼は幸福になるための金言を数多く残しているらしいのだが、お互いを幸福にする礼節を重んじる人物のようだった。人に与えた幸福が自分にも帰ってくるという話は、そこまで理解に苦しむものではなかった。

 

もちろん、それが全てかと言われれば、それはまた別の話だけれど。

 

ここで仮に、詠井新が天宮結衣を病院から「救済」するために逃避行をしているのだとしよう。

 

だとすれば、天宮にとって詠井という存在は大きな影響力を持つことになる。まさに、恩人だ。となると、私が天宮を説得できる唯一のロジックとしては、恩人に迷惑をかけないように病院へ戻ることを促すといったところだろうか。

 

車両が急にうねって、後部座席から何かが落ちる音がした。

 

「どうした? 玉木巡査!」

 

玉木巡査が、運転席の少し右手前を走る車両のナンバープレートを指さしていた。

 

「ようやく捕捉できました。あの車両に、天宮結衣が乗っているはずです」

 

私は急いでスマホを取り出すと、そのナンバープレートへ向けてシャッターをきった。

 

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