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天宮結衣のQ.E.D. ~幸せのクオリア~ – 第十九章:新たな旅路

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第三十四節 不可能の延長戦

和風の旅館らしい樹木の香りの中で、私は小鳥たちが奏でていた夜明けのコーラスと共に目を覚ました。そっと開けた目には、敷き詰められた緑色の畳と、明け方の月が照らす縁側の白い光沢が映り込んでくる。まだ薄暗い空は、晴れていた。

 

私はこれまで心の奥底でゆったりと静まり返っていたものをじんわりと思い起こす。もう行かないと。私は吸い込まれるように、ただ本能に従って身体を起こす。

 

私だって、わかっていた。こんな逃避行をしたって人に迷惑をかけるばかりで、状況が良くなるわけでもない。タイミング悪く、新さんと居る間に死んでしまったとしたら、きっと彼の将来にだって関わってくる。そんなのは、絶対にダメだ。恩を仇で返したままなんて死んでも、死にきれるはずがない。

 

まっすぐに「4」という数字を指していた時計の短針は、長めの針に追い抜かれる。そんなことは、わかっていた。わかっていたから……。私はこの旅館から、新さんの前から姿を消すことに決めたんだ。

 

隣で寝ている新さんの服からは、仄かに柔軟剤の良い香りがする。柔らかさと爽やさが漂うお布団からよじよじと這い出ると、私は音を立てないように気をつけながら旅館で洗濯してもらっていた薄灰色のワンピースに腕を通していく。

 

新さんは、私のことを好きと言ってくれた。それは私にとって最高に嬉しい褒め言葉だったけれど、同時に彼を追い詰める凶器になることも知っていた。

 

伸びる黒紐を両手で広げてみせると、私は丈のある髪を後ろにまとめて広げた輪に入れる。もう一度、輪を捻って通す。頭の後ろにあった集中力が、寝ている彼に戻って行く気がした。

 

彼が起きたら、一体どんな反応をするだろうか。嫌われてしまうだろうか。ひょっとすると、憎まれてしまうだろうか。だとしたら、とっても悲しいけれど。これが私の出した答えなんだ。これ以上は考えてはいけない。いけないんだ。

 

旅館の中に立ち込めていた畳の匂いを少しだけ大きく吸い込むと、私は新さんの寝顔の感触を確かめた。

 

私は彼に聞こえるはずもない台詞を囁くと、少しの音も立てることがないようにそっと襖を閉ざした。

 

第三十五節 東雲瑞葉の追走劇

昨日未明、妹の誕生日をすっぽかした罪で、原告もとい妹、東雲未来に家庭「内」裁判所で起訴されていた私は、テレビの主導権三ヶ月分で、なんとか許しを乞うことができていた。

 

そこまでは良い。思う存分、私の分までテレビを愉しめば良い。別に、毎週日曜日の午前八時三十分から始まる「熱血硬派プルリンキュア」が見れないことくらいで、次回「至高のマッスル!恋する上腕二頭筋?!」が見れないことくらいで、エクセレントでジーニアスな私が動じることなんてないのだ。

 

靴を履き間違えていたことに気づく。

 

コホン。私はすぐさま履き替えた。問題は、私の苦手なホラー番組を夜通し真っ暗にした私の部屋で、お楽しみあそばせていたことの方だ。

 

あれは楽しむというより愉しんでいたと、思い出すだけで腸が煮えくり返るが、そんなことはこの際どうでもいい。家の玄関を解放すると、見慣れた白黒の小柄な車両が、エンジンをかけたまま出迎えてくれていた。

 

「あ、お待ちしてました。東雲さん、助手席にお願いします」

 

寝不足感の漂う入真巡査の声に従って、私はパトカーに乗り込む。早朝、業務用のスマートフォンに共有されていた情報によると、天宮と詠井の携帯の位置から現在位置を特定できたらしい。

 

あとは、天宮を回収するだけの簡単な業務だけというわけだ。

 

携帯の位置が同一であるところからしても、今回の一件は詠井の犯行とみて間違いないだろう。面識がない青年が、未成年を誘拐していたというわけだ。

 

事件性がないとかよくわからんことをほざいていた上層部には、後程たっぷりと皮肉を浴びせてやろう。確かに、詠井新が凶悪犯である可能性はゼロではない。

 

ただ、彼の身辺情報を洗ってみると、お人好しな人物像ばかりが浮き出てきた。おおよそ天宮結衣の脱走に付き合わせれているような気がする。と、そんなことを考えていると入真巡査の弱音が漏れ聞こえてきた。

 

「しっかし、遠いですね……。事件現場の志波大学病院があるのは東京なのに、彼女たち、いま石川県ですよ」

 

彼の言う通り、片道6時間の運転というのは寝不足警官には厳しいものがあった。現地の署からも応援が駆けつけてくるそうだが、恐らく現状この案件についてもっとも詳しいのは私だ。

 

今回はターミナルケアといったナイーブな問題が根底にあったので、彼らにはマークだけしてもらって、私から話をつけようと思って指示を出していたのだ。

 

「途中まで僕が運転しますから、東雲さんはしばらく寝てて良いですよ」

 

私は、その言葉に盛大に甘えることにした。まぶたを閉じると、血みどろの人形が脳裏に映る。

 

お姉ちゃんもう誕生日忘れないから。神様、妹様、許してください。

 

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