作家の味方

Project Creator's Ally

天宮結衣のQ.E.D. ~幸せのクオリア~ – 第十五章:創造主のジレンマ

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第二十三節 幸せの探求者

拐ってきた女子高生に「僕は、ウォンバット派なんだ!」と大嘘の告白を強いられていた僕は、無事なのか何なのかもはやよくわからないけれど、とりあえずは、ウォンバットとメイド服を交換することには成功していた。

 

「まさか、新さんがウォンバットフェチだったとは知りませんでした」

 

と、天宮はそうボヤキながら服の下に潜り込んでいた長い黒髪を手の甲で外にはじき出すと、そのふっくらと厚みを持ったクラシックなスカートの端をつまんでみせた。彼女の細い手首に巻かれた白いシュシュは、金色のボタンをアクセントに存在感を主張している。

 

一悶着も終わり、レジへ向かう。店員さんの目線は先程よりもいくらかマシに感じたが、それはただの錯覚だったのかもしれない。

 

「五千円のクラシックスタイル・メイド服が一点。四万円のときめき☆ウォンバットの着ぐるみが一点。合計で四万五千円になります」

 

変装を終えた僕たちはショップを後にすると、既にうす暗くなっていた遊園地の中で人だかりができているのを見つけていた。なにかやっているのだろうか?すると、手を握っている彼女の桜色の唇が開いた。

 

「花火大会があるみたいですね!」

 

天宮は近くの壁にある花火大会の開催日程のかかれていた張り紙を指差すと、興味深そうに、僕の右手首を無遠慮に引っ張る。張り紙に書き残されていた詳細に目を通し終わった彼女は、軽やかに踵を返して顎に人差し指を当てると、素朴な疑問をなげかけてきた。肩に掛かっていた髪が一本ずつ細やかに、重力に従って落ちていく。

 

「花火って、なんで綺麗なんですかね」

 

うーん。少しだけ考えてみる。普通は、そんなことをしようと思いつかないからじゃないだろうか。人というのは、思いもよらない事象に弱い。サプライズのプレゼントや、思いもよらない発見に人は心動かされるのだ。きっと、大人も子供も変わらない。

 

仮に幸せを生み出すのが「感動」だとするのであれば、感動を生み出すのは「サプライズ」なのだろう。そうなると、意図的に作られた未知こそが幸せの源になるのではないだろうか。

 

「なるほど、普通は爆発物を空中に投げ出して鑑賞しようなんて思わないですもんね。現実は小説より奇なり。というものなのでしょうか」

 

人の心を動かすというのは、素晴らしい偉業のように思えるけれど、意図して引き起こした本人からすれば未知ではない。文学史に名を連ねているような文豪たちに自殺者が多いのは、創造主が「感動」に近すぎて知覚を麻痺させるのが人一倍早いからなのかもしれない。花火を考案した人物もまた、そんな幸せの探求者だったのだろうか。

 

僕は自販機から引きずりだした冷たい麦茶のボトルを取り出すと、人集りに目を取られている天宮の首筋に、そっと当ててみた。

 

第二十四節 桜木容疑者

志波大学病院で事情聴取を終えた私は、現場にいた部下たちに桜木容疑者の行方を追う指示を残して、一度捜査本部に戻ることにした。状況は芳しくない。

 

「つまり、東雲さんは協力者が居たのではないかとおっしゃるんですね?」

 

車を運転している入真巡査が、確認してくる。

 

「状況から察するに、協力者が居たということは確定だろうな。周辺の監視カメラに逃げ出した少女が写っていないとなれば、車両か何かの中に居たと考えるのが一番妥当な線だ。もちろん、まだ病院内に潜んでいるという線もなくはないだろうが、現場には部下もいる。女子高生との隠れんぼに警察が負けるとは到底思えない」

 

そう、彼女は未成年なのだ。車を運転できるはずもない。だとすれば、協力者がいたということを疑わざるを得ないだろう。

 

「もし、その協力者とやらが院内にある監視カメラを破壊したとすれば、あらかじめ監視カメラの位置を把握していた可能性がありますね。しかも、犯行が行われたのは深夜。だとすれば、犯人は必然的に志波大学病院の職員でしょうか。たとえば、深夜に見回りをしている看護師さんとか」

 

「志波大学病院の看護師、桜木敏子、二十八歳。動機はおそらく、患者の権利を遵守するためというところ、か」

 

私は現時点で犯人と思われる女性の名前を口に出してみせた。大きい病院だけあって深夜に見回りを行っていた看護師の数は意外と多かった。ただ、病院という事情もあり、本来ならば深夜の時間帯は二時間おきに看護師さんによる患者の見回りがある。それにも関わらず、警察への通報が朝六時頃だったというのは、なんともわかりやすかった。問題は、その桜木容疑者が今朝方から行方不明であることの方だ。

 

「とりあえず、いまは周辺の監視カメラを洗いざらい解析して、車のナンバーを調査してもらっているところです。桜木の住んでいる自宅も既に抑えています。いまは彼らに任せることにしましょう。東雲さん。今日は、蕎麦のランチなんていかがでしょう?」

 

私はこの事件についてまだ何か引っかかる部分を取り残しているような気がしていたけれど、入真巡査の言う通り犯人の目星もついている。私は遅めの休息を取るというのもやぶさかではないだろうと、そう判断することにした。

 

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