作家の味方

Project Creator's Ally

天宮結衣のQ.E.D. ~幸せのクオリア~ – 第十二章:握り締めた1日

説明ページに戻る

 

第十八章 握りしめた一日

余裕なんてもの、あるわけがなかった。シートベルトごと小刻みに揺られていた私は、新さんの運転する黒い車で喫茶店『BACK YARD』のあった山間を巻き戻すように駆け下りていた。

 

空はどこまでも青く澄んでいて、入道雲を遮るトンボたちは私の遠近感覚を麻痺させてくる。私が過ごす最期の季節は、秋になるのだろう。

 

一ヶ月前、私は深夜のナースステーションでひそひそと噂話をしていた看護師さんたちから、自分が死ぬことを盗み聞いてしまった。人間の身体は不思議なもので、焦りや悲しみといった沢山の感情が一挙に混じりあうと、過呼吸のような笑いしか出てこなくなるものらしい。

 

私は、もう少しで死んでしまう。理解は、すぐにしたつもりだった。でも、どうしても実感が沸かなかった。死んだ後のことなんて、想像すらできない。

 

私は、みんなのように夢を追いかけ始めることすらできない。夢すら決まる前に死んでしまう。それじゃあ、私は一体何のために生まれたのかわからない。ただただ生まれてお腹がすいたら食べて、夢を見つける準備をして、それで終わり?そんなの納得できるわけがない。

 

まるで、サビ抜きのJ-POPを聞かされている気分だった。通り過ぎる立派な紅葉の樹木たちは、綺麗に実らせた赤い木の葉たちをさらさらと地面へ降り注がせてみせている。

 

生きる意味なんて考えても、どうしようもないことくらいわかっていた。私たちはただ産まれたから、生きているだけなのだ。もし、そこに意味があったとすれば、そこにあるのは人間が幸せになるために信じたいと願う信仰くらいなものだと思う。

 

だからといって、運命に抗うなんて突拍子もない行動に出る気にもなれなかった。ファンタジー小説の主人公ではないのだ。私にできる最大限の抵抗は、人生のサビを少しでも掠め取ることにあった。

 

夏祭りに、紅葉狩り、体育祭、ハロウィン。毎年、特に何かがあるというわけでもないのに。字面だけで、なにやら心にふわふわとした浮遊感を感じさせてくれる催したちだ。もう一度も、あの空気を味わうことはないのだろう。企業宣伝の洗脳でもされているのか、良いイメージを持ちすぎなのかもしれない。それでもいい。この一日だけ、彼にも迷惑はこれ以上かけない。

 

私は、この一日にすべてを賭けて幸せを手に入れてみせる。固い決意は、右手に拳をつくった。拳を上からそっと覆いかぶさるように手をおいてくれた新さんは、国道まで降りると新しい目的地を前を向いたまま提案してくれた。

 

「天宮、遊園地に行ってみないか? 見せたいものがあるんだ」

 

そんなこと言われたら……せっかく握りしめた拳が、緩んでしまうっていうのに――。

 

[第十章へ]  ≪ ー・ー ≫  [続きを読む]

 

[講座説明に戻る]

コメントを書き込む

*

CAPTCHA


本気で小説家を目指す方向け!



Return Top