作家の味方

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天宮結衣のQ.E.D. ~幸せのクオリア~ – 第十一章:未知は創るもの

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第十七節 フィーリング・グッド

僕は、天宮と二人で白昼堂々森林浴のできるカフェを満喫していた。さらさらとした手触りの椅子は、ロッジ風の木目と黒光りした支柱で、お洒落な空間を創り出している。

 

「ご注文が決まりましたら、お呼びください」

 

ウェイターさんの真っ白なシャツと、赤茶色のエプロンはクッキリとした境界を作り出している。彼女は、テキパキと伝票を渡すとカウンターの奥へと消えていった。

 

お客様のお邪魔をしないようにということなのだろうが、このときばかりはもう少しゆったりと話題を考える時間がほしかったというものだ。

 

改めて考えてみると、僕と天宮は殆ど初対面なのだ。お互いのことをまだよく知らない。あれこれと話題を考えてみたものの、いっそ開き直って今考えていることをシェアしたほうが話しやすかった。

 

「なぁ、天宮。未知は人を幸せにしてくれると思うか?」

 

自分で発しておきながら、この問いかけは失敗だったのではないかと少しばかり後悔した。彼女は自分よりも随分と若いし、この問いはいくつもの思考プロセスを飛ばしまくっている。しかし、天宮から返ってきた言葉は思いもよらないものだった。

 

「未知は人を幸せにはしてくれない、と思います。だって、未知を自分から意図して引き起こしたとすれば、それはその時点で未知じゃないわけじゃないですか? それに、もし未知が幸せに必要不可欠なものだったとしたら、幸せは意図的に導けないものになっちゃいます。それは嫌だなぁって、思うんですよね」

 

そういうと、天宮はメニューで顔を隠すようにメニューに印字されている『カプチーノ』の文字を指差した。これを飲ませていただけませんでしょうか、ということらしい。僕もカプチーノを頼むことにしよう。

 

天宮に出会うまで、僕は「未知」こそ、我々人類が生涯を楽しむためのキーワードなのではないかと考えていた。新しい趣味や発見は、僕たちの飽きや退屈といった望ましくない状況を打開する強力な武器となってくれるのだ。

 

したがって理論上、毎日新しいことに挑戦し続けていれば、幸せになれる。実感としては、何か違う感じが渦巻いていたのだけれど、天宮の話を聞いて少しだけ、そのモヤモヤが晴れたような気がした。

 

硬い暗褐色の豆が砕け落ちる音がする。光沢のある珈琲豆から漂う芳ばしい風味が、空気中に充満していた。挿し色がごとく店内に華やかさを生んでいる観葉植物を口に入れれば、珈琲の風味を体験できるのかもしれない。きっと苦いだけだろうし、やらないけれど。

 

仮に、未知が幸せを生み出す種だとすれば、毎日新しいことをすればいい。でも、新しいことを始めるのには相応の体力を伴うし、何より未知への挑戦は得てして安全性を欠くものが多い。だとすれば、その時点で未知というのは幸せから程遠いものなのかもしれない。

 

天井で回転しているファンに視線を吸い寄せられていた僕は、肘をついて店の壁にあるチョークアートを瞳に映していた天宮の横顔へと、視線を戻していた。彼女の口が開く。

 

「そもそも未知と言っても、いろんな未知があると思うんです。視野を横に広げる新しい体験だけじゃなくて、縦に深堀するような……」

 

ウェイターさんの気配に気づく。

 

「こちら、ローストビーフランチとサラダでございます」

 

目の前には、粉チーズのふりかかった色とりどりの野菜と醸成された肉の赤身が並ぶ。

 

食べよう。それにしても、未知の種類という観点は考えたことがなかった。新しい体験をするのではなく、いままで経験してきたことを違う角度で見るというのも未知といえるのだ。そこで、僕は具体案を提示してみた。

 

「学術研究や創作とか、かな?」

 

フォークを持っていた天宮は、少し興奮気味に「それですね!」と付け加えた。

 

確かに創作活動は感動を生み出し、自身を幸福にする。さらに、出来上がったものは誰かの創作意欲の源になることも少なくはない。だとすれば、幸せの鍵、創作が人々に与えて幸福に繋げてくれるものは「感動」なのではないだろうか。

 

ローストビーフを食べ終えた僕たちに、再度エプロン姿の女性の声が掛かる。

 

「ホットのカプチーノです」

 

受け取ったカプチーノは、白いハートマークをぷかぷかと浮かばせていた。僕たちの導きだした幸せの正体を、予期していたかのように。

 

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