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天宮結衣のQ.E.D. ~幸せのクオリア~ – 第十章:叶えられないこと

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十六節 優しさの棘

言葉には強い力が宿っているというけれど、人間のすべてを言葉だけで説明できるわけではないと思う。私は山頂付近にある公園の土を、深々と掘っている新さんをぼーっと眺めていた。

 

本当にいまの私がしたいことは、きっと彼と一緒にいることだったのではないだろうか。思わず曲が作りたいから帰りたくないといってしまったけれど、もしかすると、それは私の咄嗟に思いついた建前だったのかもしれない。大きなシャベルが、サクッと地面を抉る。

 

「親御さんを無駄に心配させるのはよくない、身の安全についての連絡くらいは入れておきなさい」という新さんの忠告を汲んで、私はスマートフォンの端に浮き出ている通知マークに指をそっと当てていた。

 

両親からは、最低限の通知しか来ていなかった。きっと、私のことを心から考えてくれているのだろう。いつもそうだ。優しすぎる両親は、私が過去に病院を脱走したときも優しく諌めてくれた。

 

でも、きっとすごく心配をさせてしまっているに違いない。両親の優しさは時節、私の心に深く突き刺さっていた。私はその棘を一つずつ抜くように、メッセージを書き付ける。

 

「お父さん、お母さん」

 

そこで私の手は、止まった。何を書けばいいのだろう。考えていたこと、伝えたいことは沢山あったはずなのに、これが両親に残す最期の言葉になる。そう思った途端に、親指が急に重くなったように感じた。

 

「私はいま、幸せです。もう少しだけ、ここにいさせてください」

 

目頭の辺りが、じんわりと熱を帯びるのを感じる。私は、親孝行な子供にはなれなかった。高額な学費や、養育費を払って育ててくれたというのに、私は両親の老後でさえ世話をできない。それなのに。

 

「心配かけて、ごめんなさい」

 

それなのに、どうしてこんなに優しくしてくれるの?私は、もうこの世からいなくなってしまうけれど。どうか、どうか私を愛してくれた人には幸せになってほしい。

 

「今まで、ありがとうございました」

 

最後までわがままな娘で、本当に、ごめんなさい。

 

「大好きです」

 

メッセージを送信すると共に、瞼から涙が零れ落ちた。謝罪は心の中で木霊する。

 

「天宮?」頭上から声がした。しゃがんでいた私は、顔を覆い隠そうとしたけれど、そっと抱きしめられていた。背中をさする彼の優しさに、泣き声まで漏らしてしまう。

 

私はどうすれば、この優しさに報いることができるのだろう。せめて死ぬ前に、彼や両親を少しでも幸せにしてやれることはないか、私は考えていた。

 

空が少しだけ近くにあるように感じる。ぽっかりと空いた土の穴に、新さんは、二つの携帯のGPSを付けたらしい。

 

最後に、自分の携帯の画面を少しばかり確認すると、彼の指が数秒止まったのがわかった。彼はなにやらメッセージを付け加えると、私たちの携帯を土の穴へと放り投げた。

 

「これでよし! 山を降りよう。きっと、大丈夫だ」

 

新さんが高校生だったとしたら、無駄に賢くて教師も頭を悩ませるだろうなぁと思いながらも、私には彼の憎めない笑みが伝染していた。

 

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