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天宮結衣のQ.E.D. ~幸せのクオリア~ – 第二章:ファースト・コンタクト

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第三節 詠井新は遭遇する

「詠井」という苗字は、珍しいらしく読めない人も多い。つい、先ほど大学で別れた大岩も、初対面のときは「ヨミィ」と呼んできて、何か新種のあだ名を付けられたのかと勘違いをしてしまった。今回も、その例に漏れなかったということだろう。

 

「よむい、さま?」

 

困惑している様子の看護師さんを目の当たりにして、僕は慣れたように言い直す。

 

「はい。詠井、詠井新(よめい あらた)です」

 

「へぇ」と関心するような顔色を覗かせるも、僕を呼び出した彼女は、受付のデスク越しにプラスチック製のナンバーカードを渡してきた。カードには、志波大学病院・受付番号:二十八番と書かれている。もう少し待て、ということらしい。

 

一昔前の話だが、病院の待ち時間というのは、一体あと何分待つ必要があるのかわからないところに悪辣さを秘めているといわれていたらしい。 患者ごとに症状も違えば、担当医の説明がどれくらい丁寧かというところでも待ち時間は変わってくるからだ。

 

しかし、それらは同時に僕たちの長所を必要としてくれるお得意様でもあるのだから無下にはできないというものだ。数学者の出番である。

 

僕は高校の頃から数学が得意ではあったものの、これが将来何の役に立つのかわからないでいた。大学で数学科を選ぼうと考えたのも、数学得意で、僕からすればパズルみたいな遊びと大差がなくて、楽そうだと考えたからだ。特に崇高と呼べるような理由はなかったといっていい。

 

ただ、こうやって実地に足を運び、待ち時間を示す電光掲示板という形を持って、僕たちの生活のなかにアウトプットされると、少しは役に立つじゃないかと素直に思う。二十八番のナンバーが表示されている四角いモニター枠の上には、残り一時間と書かれている。うむ。散歩でもすることにしよう。

 

散歩がてら無駄に広大な病院の敷地内を徘徊してみるのは案外面白い。無駄に若者としゃべりたがる翁や、泣きじゃくる小さな子供、スマートフォンを片手に館内放送に通話の邪魔をされているサラリーマンは、どこか懐かしさと自分の将来の姿を垣間見せてくれる博物館のようだ。

 

そんな僕の予想を裏切ることなく、老齢の男性は物欲しそうな目でにっこりと微笑みかけてきた。首をかがめて、会釈する。

 

「今日は、お見舞いかなんかね?」

 

「いえ、この間退院しまして、その検診に着たんですよ」

 

その翁は、うんうん、と頭を縦に振り会話を続ける。

 

「ほうか。ほうか。そんで、調子はどうね? なんともねかったん?」

 

「はい、全く。ぴんぴんしてます。心配して損しましたよ」

 

それを聞いた翁の表情といえば、「ハッハッハ」という脚注が絶妙にマッチしそうなものだった。笑うところ、あったっけ。

 

実のところ、僕はこの翁と何度も話したことがある。入院中のことだ。彼は、ことあるごとに、話しかけてきては僕の話を聞いてくれていたのだけれど、「うんうん」と頭をねじ切れるくらいに上下に動かして見せているだけで、右から左である。それどころか、そもそも僕のことすら忘れている。通称:頷き翁である。

 

しばしの間、頷き翁の話に付きあわされていた僕だったが、全くの時間の無駄かといえば、そういうわけでもなかった。

 

あんさんと同い年くらいの孫が居るんやけんどな、と言われたときは「でた! あんさんも頑張りーやトーク!」と思ったが、重要なのはそこではない。

 

どうやら、ここ数日病院を騒がせている絶世の美女がいるらしいのだ。彼女は、とんてもなくおてんばで、病院から脱走を試みて失敗したそうな。

 

なかなか面白そうじゃないか、ぜひともお目にかかりたいものである。

 

時計の針は思ったよりも動くのが遅かったらしく、待ち時間は残り二十分も残っていた。自動販売機で飲み物でも買ってこようか。

 

そんなことを考えながら、病院内に迷い込んでいた僕が視界に捉えていたのは、一点の曇りもない白紙のような透明感のある肌と艷やかな髪が印象的な少女だった。

 

なるほど、類稀な可愛さではあるが、絶世の美女というよりは大和撫子と言及すべきではないだろうか。彼女の色素の薄い瞳は、現実世界から数センチだけ浮いて居るように見えた。すると、彼女にかかる看護師の声が僕の耳にも届てくる。

 

「天宮結衣さん、ですね。どうぞ、こちらへおかけください」




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